ブラジルのバスケットボール界のレジェンド、オスカー・シュミット氏が17日、68歳でこの世を去った。五輪男子バスケットボールの通算得点王である同氏は、亡きスター選手コービー・ブライアントの幼少期のアイドルでもあり、ブラジル代表としてプレーするためにNBA入りを辞退したことでも知られている。

AFP通信やAP通信によると、遺族は声明の中で、シュミット氏が15年間にわたる脳腫瘍との闘いにおいて「勇気と尊厳、回復力を見せ、忍耐と寛大さ、そして人生を愛することの模範であり続けた」と称賛。スポーツの枠を超え、世界中の世代を超えた選手やファンに影響を与えたその功績を偲んだ。

身長203センチのシュミット氏は、ロングシュートが一般的ではなかった1980年代から正確なスリーポイントシュートを武器に「聖なる手(聖手)」と称された。これに対し本人は「特別な手などない。ただひたすらトレーニングを積んだ手があるだけだ」と語っていた。

1977年、19歳の時にブラジル代表に初選出されて以来、通算326試合に出場し、平均23.6得点を記録。五輪には5回、ワールドカップには4回出場し、現在も両大会における通算得点記録を保持している。1988年ソウル五輪のスペイン戦での55得点、1990年ワールドカップのオーストラリア戦での52得点など、伝説的な記録を数多く打ち立てた。

1984年、NBAのニュージャージー・ネッツ(現ブルックリン・ネッツ)からドラフト指名を受けたものの、当時はNBA選手が国家代表として国際大会に出場できなかったため、最終的に契約を辞退した。後のインタビューで彼は、ブラジル代表として米国を撃破した1987年のパンアメリカン競技大会を「私のバスケットボール人生で最も素晴らしい出来事」と振り返り、後悔はないと語っていた。

キャリアを通じてブラジルと欧州を主戦場とし、2003年に45歳で現役を引退。通算得点数は推定4万9737得点に達し、2024年にレブロン・ジェームズに抜かれるまで、カリーム・アブドゥル=ジャバーをも上回る非公式ながら世界最多の得点記録を保持していた。引退後は脳腫瘍との闘病を語るモチベーショナルスピーカーとしても活躍した。

息子のフェリペ氏は「父よ、安らかに。あなたは人生という名の大殿堂(殿堂入り)を果たしました」とSNSで哀悼の意を表した。ラリー・バードやスティーブ・カーら往年の名選手・指導者たちからも追悼の声が寄せられている。

FACT BOX ・ 要点整理

  • 出典:中央社 CNA
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  • 関連組織:ブルックリン・ネッツ(旧ニュージャージー・ネッツ) / FIBA(国際バスケットボール連盟)
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