6月19日を「縄文の日」として呼びかけ。エドワード・モースが大森貝塚を発見した記念日。
Key facts
- 6月19日を「縄文の日」として呼びかけ。エドワード・モースが大森貝塚を発見した記念日。
- 市民団体「縄文ドキドキ会」は、6月19日を「縄文の日」と提唱した。1877年の同日にエドワード・S・モースが大森貝塚を発見した歴史的由来に基づく。特定の団体による記念日ではなく、縄文文化を愛する人々が広く共有できる節目を目指す。ロゴも公開され、自由な利用を呼びかけている。また、2027年の日本の考古学150周年に向けた盛り上がりを期待し、関連イベントやPR活用案も提示している。
- Source: PR Times
- Date: 2026年6月3日
Direct answer
市民団体「縄文ドキドキ会」は、6月19日を「縄文の日」と提唱した。1877年の同日にエドワード・S・モースが大森貝塚を発見した歴史的由来に基づく。特定の団体による記念日ではなく、縄文文化を愛する人々が広く共有できる節目を目指す。ロゴも公開され、自由な利用を呼びかけている。また、2027年の日本の考古学150周年に向けた盛り上がりを期待し、関連イベントやPR活用案も提示している。
- Citation
- 6月19日を「縄文の日」として呼びかけ。エドワード・モースが大森貝塚を発見した記念日。 (2026年6月3日), PR Times
- Source
- PR Times
- Date
- 2026年6月3日
市民団体「縄文ドキドキ会」は、6月19日を「縄文の日」と提唱した。1877年の同日にエドワード・S・モースが大森貝塚を発見した歴史的由来に基づく。特定の団体による記念日ではなく、縄文文化を愛する人々が広く共有できる節目を目指す。ロゴも公開され、自由な利用を呼びかけている。また、2027年の日本の考古学150周年に向けた盛り上がりを期待し、関連イベントやPR活用案も提示している。
📋 記事の処理履歴
- 📰 発表: 2026年6月3日 17:00
- 🔍 収集: 2026年6月3日 08:20
- 🤖 AI分析完了: 2026年6月3日 08:29(収集から8分後)
6月19日を記念日とする由来
6月19日はエドワード・S・モースが大森貝塚を発見したとされる日です。
1877年(明治10年)、モースは横浜から東京へ向かう汽車の車窓から、大森付近の地層に貝塚が露出していることに気づきました。その後、ここで日本初の学術的な考古学発掘調査を実施し、日本考古学の発展に大きな足跡を残しました。
モースは大森貝塚から出土した土器を「Cord-marked pottery(縄目文様のある土器)」と呼び、この「縄目文様」を意味する言葉が、後に日本列島の先史時代区分のひとつである「縄文」の語源となりました。
記念日を呼びかける意図
縄文ドキドキ会では、その由来から6月19日が「縄文の日」に最もふさわしい日であると考えます。
すべての"縄文"に関わる人々、縄文ファン、研究者、博物館、出版社、自治体などが立場を超え、この日を共通の節目として祝えるよう提案いたします。
特定の団体が定める記念日ではなく、縄文文化を愛し、学び、伝える人々が広く共有できる機会として、この呼びかけが広がることを願っています。
ロゴデザインについて
縄文人はヒスイを始め、石斧や石棒の素材として使われた蛇紋岩、緑色岩など、緑色の石を好んで用いていたようです。
グリーンを基調としたロゴは、縄文文化を築いた縄文人への敬意を込めて配色しました。
縄文時代とされる時代区分は一万年以上に及び、時期や地域によって意匠も大きく変わるため、遮光器土偶や火焔型土器といった特定の遺物はデザインに含めず、縄文の由来である縄目文様と、縄文時代の定住のアイコンである竪穴住居をあしらっています。
貝殻のあしらいは大森貝塚でも発見され、縄文人が好んで食したとされるサルボウガイをモチーフにしました。
*「縄文の日」の名称・及びロゴは、縄文文化の認知向上を目的とするものあれば、どなたでもご利用いただけます。
* 記念日を祝う際に、このロゴを必ず使用しなくてはならない、というものではありません。
6月19日を記念日とする意義
国内に限られず、海外層にも記念日の意味を共有できる
縄文ドキドキ会の発案した記念日に10月9日の「土偶の日」がありますが、こちらは数字の語呂合わせのため、日本語話者以外には意味が理解しにくいという問題があります。
6月19日は歴史に基づいた記念日であるため、より多くの方に記念日の意味を共有していただけるでしょう。
夏季休暇シーズン直前のPRの場として利用できる
6月後半は博物館や遺跡、その周囲にある店舗も比較的閑散期ではないかと思われます。
「縄文の日」をきっかけに、遺跡・博物館の魅力を伝え、夏の行楽先としてのPRの機会を広げるとともに、商業店舗やミュージアムショップでもTシャツをはじめとした関連グッズの展開がしやすくなることが期待されます。
広報PR活用案
SNSでの活用案
博物館の収蔵品をアピールし、より多くのユーザーに縄文文化の魅力を広めるきっかけとして利用できます。
日本の考古学150周年
来年、2027年は大森貝塚の発見から150年という節目の年で、ひいては日本の考古学150周年でもあります。
これにより「縄文」「考古学」といったトピックが大きく盛り上がることが期待されます。
関連イベント
縄文の日記念企画「考古学系グッズフェス」
6月5日〜6月22日まで。ハンズ名古屋店10階、地球研究室内にて開催。
6月19日はエドワード・S・モースが大森貝塚を発見したとされる日です。
1877年(明治10年)、モースは横浜から東京へ向かう汽車の車窓から、大森付近の地層に貝塚が露出していることに気づきました。その後、ここで日本初の学術的な考古学発掘調査を実施し、日本考古学の発展に大きな足跡を残しました。
モースは大森貝塚から出土した土器を「Cord-marked pottery(縄目文様のある土器)」と呼び、この「縄目文様」を意味する言葉が、後に日本列島の先史時代区分のひとつである「縄文」の語源となりました。
記念日を呼びかける意図
縄文ドキドキ会では、その由来から6月19日が「縄文の日」に最もふさわしい日であると考えます。
すべての"縄文"に関わる人々、縄文ファン、研究者、博物館、出版社、自治体などが立場を超え、この日を共通の節目として祝えるよう提案いたします。
特定の団体が定める記念日ではなく、縄文文化を愛し、学び、伝える人々が広く共有できる機会として、この呼びかけが広がることを願っています。
ロゴデザインについて
縄文人はヒスイを始め、石斧や石棒の素材として使われた蛇紋岩、緑色岩など、緑色の石を好んで用いていたようです。
グリーンを基調としたロゴは、縄文文化を築いた縄文人への敬意を込めて配色しました。
縄文時代とされる時代区分は一万年以上に及び、時期や地域によって意匠も大きく変わるため、遮光器土偶や火焔型土器といった特定の遺物はデザインに含めず、縄文の由来である縄目文様と、縄文時代の定住のアイコンである竪穴住居をあしらっています。
貝殻のあしらいは大森貝塚でも発見され、縄文人が好んで食したとされるサルボウガイをモチーフにしました。
*「縄文の日」の名称・及びロゴは、縄文文化の認知向上を目的とするものあれば、どなたでもご利用いただけます。
* 記念日を祝う際に、このロゴを必ず使用しなくてはならない、というものではありません。
6月19日を記念日とする意義
国内に限られず、海外層にも記念日の意味を共有できる
縄文ドキドキ会の発案した記念日に10月9日の「土偶の日」がありますが、こちらは数字の語呂合わせのため、日本語話者以外には意味が理解しにくいという問題があります。
6月19日は歴史に基づいた記念日であるため、より多くの方に記念日の意味を共有していただけるでしょう。
夏季休暇シーズン直前のPRの場として利用できる
6月後半は博物館や遺跡、その周囲にある店舗も比較的閑散期ではないかと思われます。
「縄文の日」をきっかけに、遺跡・博物館の魅力を伝え、夏の行楽先としてのPRの機会を広げるとともに、商業店舗やミュージアムショップでもTシャツをはじめとした関連グッズの展開がしやすくなることが期待されます。
広報PR活用案
SNSでの活用案
博物館の収蔵品をアピールし、より多くのユーザーに縄文文化の魅力を広めるきっかけとして利用できます。
日本の考古学150周年
来年、2027年は大森貝塚の発見から150年という節目の年で、ひいては日本の考古学150周年でもあります。
これにより「縄文」「考古学」といったトピックが大きく盛り上がることが期待されます。
関連イベント
縄文の日記念企画「考古学系グッズフェス」
6月5日〜6月22日まで。ハンズ名古屋店10階、地球研究室内にて開催。
よくある質問
6月19日が「縄文の日」になった理由は?
1877年の6月19日に、エドワード・S・モースが大森貝塚を発見し、日本初の学術的な考古学発掘調査を実施したことに由来しています。
「縄文の日」のロゴは誰でも使えますか?
縄文文化の認知向上を目的とするものであれば、どなたでもご利用いただけます。
「縄文の日」を提唱している団体は?
縄文ドキドキ会が提唱しています。
ロゴにはどのような意味が込められていますか?
縄文文化を築いた人々への敬意を込め、縄文人が好んだとされる緑色の石(蛇紋岩、緑色岩など)を基調としています。デザインには縄目文様、竪穴住居、サルボウガイのモチーフをあしらっています。
2027年にはどのような節目がありますか?
大森貝塚の発見から150年となり、日本の考古学の発展にとっても150周年の節目となります。