元立川市長の青木久(あおき ひさし)氏(101歳)が、令和8年2026年)6月8日(月)に敗血症のため逝去した。遺族の意向により、通夜、葬儀、告別式は6月13日(土)に近親者のみで執り行われた。

立川市役所本庁舎(立川市泉町1156-9)1階多目的プラザ(市民ロビー横)において、令和8年6月16日(火)から19日(金)の午前8時30分から午後5時まで記帳台が設置される。長期にわたり市政に功労のあった故人に対し、市として弔意を表すとともに、市民や関係者が弔意を表する機会を確保するための措置であり、香典や献花は辞退されている。

酒井大史立川市長は「青木久元市長のご逝去の報に接し、心から哀悼の意を表します。多摩都市モノレールやファーレ立川の整備、JR中央線連続立体交差事業の推進など、本市の発展の礎を築かれるとともに、全国市長会会長として地方自治の発展に大きく貢献されました。長年のご功績に深く感謝申し上げ、ご冥福をお祈りいたします」とコメントを発表した。

主な経歴: 昭和32年1957年) 旧砂川町収入役就任 昭和38年1963年) 立川市副収入役就任 昭和40年1965年) 立川市建設部長就任 昭和44年1969年) 立川市総務部長就任 昭和47年1972年) 立川市福祉部長・企画財政部長就任 昭和49年1974年) 立川市企画部長就任 昭和51年1976年) 立川市開発部長就任 昭和53年1978年) 立川市助役就任 昭和62年1987年) 第14代立川市長就任 平成12年2000年) 東京都市長会会長就任 平成14年2002年) 全国市長会会長就任 平成19年2007年) 立川市長退任(5期20年

青木氏は大正14年1925年)5月28日生まれ。昭和32年に旧砂川町収入役に就任後、立川市との合併を経て副収入役や各部長を歴任。昭和53年から助役、昭和62年から第14代立川市長を5期20年務め、地方自治の発展にも尽力した。

立川の発展における功績: ・鉄道・交通基盤の整備:立川駅周辺の都市基盤整備やJR中央線三鷹・立川間連続立体交差事業を推進し、地域分断の解消や渋滞緩和に貢献した。 ・多摩都市モノレールの実現:多摩地域の南北交通の重要性を提唱し、モノレール建設の基礎を築いた。 ・ファーレ立川の整備:基地跡地の再開発事業を推進し、平成6年1994年)に世界36か国90人以上の芸術家によるアート作品を配置した街区「ファーレ立川」を完成させた。 ・福祉の充実:総合福祉センターの整備や高齢者・障害者福祉、シルバー人材センターの充実などに注力した。 ・地方自治への貢献:東京都市長会会長や全国市長会会長として、地方分権改革や地方財政の充実に貢献した。

【本件に関する問い合わせ先】 立川市 市長公室 秘書課 担当:牛山(ウシヤマ) 電話:042-523-2111(内線 2168)

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