柿谷曜一朗、“天才ファンタジスタ”の苦悩を激白「俺一人じゃあかんの?」フォルラン加入時の本音や“抑うつ状態”の診断、妻の一言に救われ引退決断まで…壮絶サッカー人生を振り返る『しくじり先生』

元サッカー日本代表の柿谷曜一朗が、5月29日放送の『しくじり先生』で自身の壮絶なサッカー人生を振り返りました。セレッソ大阪復帰時のフォルラン加入による葛藤、キャプテン就任後の過呼吸や抑うつ状態、そして妻の一言に救われた引退決断までを率直に明かしました。
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  • 📰 発表: 2026年6月1日 19:10
  • 🔍 収集: 2026年6月1日 10:20
  • 🤖 AI分析完了: 2026年6月1日 19:19(収集から8時間58分後)
新しい未来のテレビ「ABEMA(アベマ)」は、過去に大きな失敗をやらかした“しくじり先生”たちが自らのしくじった経験をさらけ出し、人生の教訓を伝授してくれる反面教師バラエティ『しくじり先生 俺みたいになるな!!』の最新話を5月29日(金)夜9時30分より放送いたしました。

■柿谷曜一朗、フォルラン加入時の本音を激白「あなた誰ですか?」 “ダブルエース”扱いに不満「俺一人じゃあかんの?」

5月29日(金)の放送回では、元サッカー日本代表・柿谷曜一朗による授業「天才ともてはやされたファンタジスタのしくじり」後半戦をお届けしました。今回はセレッソ大阪復帰後に起きた危機状況や、中堅・ベテランが犯しがちしくじりについて授業。そして、現役引退の裏に隠された特別な思いを打ち明けました。

セレッソ大阪へ復帰し、“クラブの象徴”ともいえる背番号「8」を背負った柿谷先生。しかしその矢先、2010年南アフリカW杯得点王・ディエゴ・フォルランの加入が決定します。“ダブルエース”として注目される中、柿谷先生は「俺一人じゃあかんの?」と感じていたと当時の本音を激白。さらに、「セレッソ大阪での自分の立ち位置、自信が誰よりもあるので、W杯得点王のフォルランですら『あなた誰ですか?』『ここは僕の場所ですよ』っていう感覚になってしまっていた」と振り返りました。「フォルランが来たことで、自分より目立つ人がいてほしくなかった」「僕のサインじゃなくて、フォルランのサインをもらいに来ていた」と当時の複雑な感情を打ち明け、フォルランとの関係性についても「僕は明らかに意識してた」「ほぼ喋ってないです」と語りました。

その後、“セレッソに後悔させたい”という思いからスイスの名門・バーゼルへ移籍した柿谷先生でしたが、「バーゼルでプレーしているけど、頭は『セレッソに今どう見られているんだろう』という感覚でプレーしてしまっていた」と回顧。“セレッソへの執着”で自身のプレーに集中できていなかった柿谷先生はミスを連発し、ファンからブーイングが起こる事態に。「その程度の準備で行った僕が通用するレベルじゃない」と当時を振り返り、反省を口にしました。

■練習場へ向かう途中に過呼吸「息ができなくなる」 “抑うつ状態”と診断され「俺ってこんな弱い人間なんや」

そして、セレッソ大阪がJ2に降格し、フォルラン退団のタイミングで同クラブから再びオファーが届くと、柿谷先生は「俺をキャプテンにしてください。絶対チームを勝たせます」と直訴。「『8番』をつけるだけでは物足りなかった」「すべてを背負う覚悟で、『このチームをJ1に上げます』と伝えた」と振り返ります。

しかし、キャプテン就任後、“全てを背負おう”とした結果、靭帯断裂&剥離骨折の大怪我を負うことに。怪我を隠しながらプレーを続けたことでパフォーマンスは低下し、“セレッソの8番”への強すぎるプライドから周囲へ不満をぶつけるようになり、誹謗中傷も激化。「殺害予告」まで届くようになったと語りました。

そんな中、「練習場に向かおうとすると過呼吸になり息ができなくなる」という状況に。「メディカルの人に言ったら、『自分にいろんな重圧をかけて、全部自分で背負って抱え込むから、そうなっている』『1回クラブハウスから離れた方がいい』と言われて、病院に連れていかれた」と振り返り、病院では「抑うつ状態」と診断されたことを告白。「サッカーは辞めた方がいい」と医師から告げられ、「俺ってこんな弱い人間なんや」「人ってこういう時に死を意識してしまうのかなと思った」と、当時の心境も明かしました。

■妻の一言に救われ引退決断「もう辞めたら?大丈夫だよ」 サッカーを辞める怖さを救った妻の言葉

授業終盤では“現役引退”の経緯にも言及。名古屋グランパス、徳島ヴォルティスでもプレーを続けた柿谷先生でしたが、怪我の影響もあり、思うようなプレーはできず、徳島ヴォルティス2年目には構想外に。必死に次のチームを模索するしかない状況に追い込まれます。そんな中、妻から「もう辞めたら? 大丈夫だよ」と言われたことが、大きな転機になったと打ち明けます。「4歳から30年以上サッカーをやってきて、サッカーで家族を幸せにする以外方法がないと思っていた」「サッカーを辞める怖さがあった」と本音を吐露した柿谷先生。そんな時に「今までサッカーのことに口を出したことがない妻が、最後だけ背中を叩く感じで言ってくれた」といい、「その一言で救われた」と語りました。さらに妻からは、「楽しくサッカーをしているように見えなかった」「辛そうにやっているのが伝わっていた」と言われていたことも明かしました。

よくある質問

柿谷曜一朗が『しくじり先生』で明かした、セレッソ大阪復帰時の葛藤とは?

2010年南アフリカW杯得点王のディエゴ・フォルランが加入した際、ダブルエース扱いされることへの不満や、周囲がフォルランに注目することへの複雑な心境を激白しました。

柿谷曜一朗が「抑うつ状態」と診断された背景は?

キャプテン就任後のプレッシャーから来る重圧や怪我、誹謗中傷などにより、練習場に向かう途中に過呼吸を起こすようになり、病院で「抑うつ状態」と診断されました。

柿谷曜一朗が引退を決断したきっかけは?

徳島ヴォルティスで構想外となった際、妻から「もう辞めたら?大丈夫だよ」と声をかけられたことが大きな転機となり、サッカーを辞める恐怖から救われ、引退を決断しました。

柿谷曜一朗がセレッソ大阪時代に負った怪我とは?

キャプテン就任後、すべてを背負おうとした結果、靭帯断裂と剥離骨折の大怪我を負いました。

柿谷曜一朗が移籍した海外チームはどこ?

スイスの名門・バーゼルに移籍しました。